全ては関係性の内に

優れた歌手の歌は、リスナーの感情のメディア、触媒になれる人だと思います。そんな歌手の歌を聴くことで、さまざまな想いが呼び出されてきて、驚きと感動を同時に味わうことがあります。

優れた手技療法家は、受け手の体と潜在意識にアクセスできる人です。体が心が魂が何を求めているのか?それを察知して、欠けた部分に手技や想いで埋め合わせするのです。

歌も曲も絵も、そして手技も、奏者、操者、作者とそれを受け取る受け手が必要です。どちらが欠けても、作品として、行為として成立しないのです。操者と受け手の協同作業の中に全てはあるのです。

この世の全て、少なくとも、生命体の存在全ては、関係性の中にあります。関係性の内にしか物事は存在しないし存在できないのです。相互関係、相互作用。これがこの宇宙が存在する唯一の力、パワーなのだと思います。

だから、何事も何人に対しても、一方的という態度は、関係を壊す方向にしか作用しません。表面的には関係が続いているように見えても、一方通行の関係など、無意味です。一時的に相手の特性を利用しているだけのことだからです。そんなものは、少なくとも、生命体同士の関係ではありません。

20代の頃、成りたかったのはシャーマンです。呪術師。今は整体師として社会に居場所を得ています。30代の頃は、画家、版画家になりたかったのですが、成り損ねました。

今は、体と心そして魂が傷ついている人、弱っている人を、本質的な意味で癒す人になりたいです。それがシャーマンだと思うからかも知れません。成り損ねた画家も、仕事として成立している整体師も、その過程なのかもしれないと思うことがあります。

人の心が奥底の心理が伝わってくることがあります。でも、それが怖いことも…。だから知らん振りするのです。人の心がわからない振りをする。

敏感すぎると、とかくこの世は生きづらいことが多いからです。若い頃は、人の思惑や心の状態を、半ば無意識に無視してたような気がします。利己的だったのです。でも、決して自分は鈍感ではなかった。そのことを、思い出しました。

全てが関係性の中に存在すると言っても、自分の本気や本音を出すことを怖れてはいけません。世間や他人との釣り合いや従来の関係ばかりに配慮し遠慮してると、自分の力を出し切れずに、後悔のうちに人生は終わってしまうでしょう。

それは、この世に生を受けた選ばれた存在としては怠慢だと思います。浮くことを怖れてはいけない。力を出し切れば穏やかな終末を迎えられる。

関係性を大切にすることと、自分に贈られた力、能力を活かしきること、他者のために。両方を実現することはカンタンではありませんが、それが人に与えられた生きるテーマであり使命ではないでしょうか?

生きる意味と存在の意味

人生と自分の存在の意味づけは、各個人が自己探求し自分で発見していくものだと思っています。

人も動物もエネルギーの領域では、不変であり永遠だとは思いますが、今の性格や個性や経験が自分を形づくっているとすれば、今の自分はこの人生で一回きりだと思っています。

エネルギーレベルでは、他の人や動植物、それらが構成する世界と自分とは一体だと感じることができた体験があります。

世界と一体になった体験を経た後では、地球環境を汚したり、人や他の動植物を、意味も無く傷つけたり、利己的目的のために利用し破壊するようなことは、何ら創造的、建設的な意味はなく、巡りめぐって自分をも傷つけ破壊する行為だと気づきます。

自己が無ければ、今現在体験している世界は存在しませんが、自意識過剰で自己利益のみ考えていると、世界とのつながりを感じられなくなります。

どんな物でもその物だけが独立し孤立して存在することは不可能です。全ての物事は関連しあい、支えあい、構成要素を循環させ交換しながら、存在しているのです。

テレビの長時間視聴は危険!

東北大加齢医学研究所の川島隆太教授(脳科学)と竹内光准教授(同)らのグループが発表によると、「テレビの長時間視聴が、言語知能などをつかさどる脳の前頭極に悪影響を与える。」とのことです。

教師の実感としても、テレビばかり見ている子供は、読書能力が劣り、注意力も散漫で集中力に欠けているそうです。

脳の前頭葉は、意欲、創造、感情、思考、注意(集中力)に関係する、人間として最も重要な機能です。それがテレビの長時間視聴で、発育が阻害されるというのです。

成人にとっても、長時間のテレビ視聴で、創造力は喪失し、感情は容易に操られるようになります。惰性で見続けるようになり、意欲が消えて怠惰になり、思考が働かず、受け身の人格が形成されるのです。

テレビで放送される情報は、ほとんどがどうでもいい無駄で無意味な情報だと言ったら言い過ぎでしょうか?自分の人生にあまり重要な意味を持たない情報と言えば、納得する人は少なくないと思います。

その重要度の低い雑多な情報が、際限なく脳に流れ込んでいると、少なくともその間は、有意義な人生は止まってしまうのは確かです。しかも、大部分のテレビ情報は、マスコミが大衆操作目的で制作・編集・演出されたものと言えます。

最近は出演者の発言をことごとく字幕(テロップ)にして流してますが、この意図は、視聴者に「ここで笑え」「これを注目しろ」「これにショックを受けろ」と指示し、視聴者に自分で考え判断し結論を出させないようにするためのものだそうです。テレビが感情まで指示し操作してるともいえるのです。

現代に日本では、大人でさえ自分で考え行動する自発的な人は少ないようです。会社でも指示されないと何もできない人間や、マニュアルがないと恋愛もできない人が多いといわれています。 前頭葉が機能不全でロボットのようだという人もいるくらいです。 テレビを子供の頃から長時間見続けてきた結果かも知れません。

コレステロールは悪者?!

とかく悪者扱いされるコレステロールですが、コレステロールは体にとって重要な物質です。あらゆる細胞膜の構成成分であり、性ホルモンや副腎皮質ホルモンを作り、胆汁の元にもなります。

人体にあるコレステロールの約七割は体内で合成されます。だから食事で数値を下げようとしても、あまり意味はありません。また、薬などで数値を下げると、寿命が縮みます。

メバロチンという薬はコレステロール値を下げますが、筋肉を溶かし、肝機能障害や末梢神経障害を起こす可能性があります。コレステロールが少なくなると、脳から筋肉への指令がスムーズに行かなくなります。

「コレステロールの摂りすぎは体に悪い」というのが今までの健康常識で、マスコミや製薬メーカーなども広報してきましたが、日本とアメリカの政府機関は、「十分な科学的根拠がない」として、コレステロールの摂取基準を撤廃しました。

日本の厚生労働省は、2014年3月にまとめた「日本人の食事摂取基準(2015年版)」策定検討会の報告書で、2010年版で18歳以上の男性は1日750mgまで、女性は600mgまでと設定していたコレステロールの摂取目標量を、2015年版には入れないと決めました。

アメリカの保健福祉省と農務省の諮問委員会も、今年2月に公表した「米国人のための食生活ガイドライン」の策定に向けた報告書の中で、従来1日300mgまでとしてきたコレステロール摂取基準を削除する方針を固めました。

上記の報告書によれば、食事からのコレステロール摂取と血清コレステロールにはっきりした関連があることを示した研究はないそうです。コレステロールは過剰摂取を心配するような栄養素ではない、とも書かれています。

報告書によれば、「食事から摂取するコレステロールが、血中コレステロールを大きく高めたり、心筋梗塞などの発生率を高めたりするという科学データは得られていない。体内のコレステロールは7~8割が肝臓など体内で合成されたものであり、食事から摂るのは2~3割にすぎない。人には食事で摂りすぎれば体内の合成量を減らし、逆に摂取量が少なすぎれば合成量を増やすなどの調節機構があるほか、食事中のコレステロールの影響度合いには遺伝的要因もからむ個人差が大きい。そのため、少なくとも健康な人に対して一律にコレステロールを制限する理由はない」とのことです。

コレステロールが低い人のほうが、死亡率が高いという調査結果もあります。病気が原因でコレステロールが高過ぎる場合は別でしょうが、薬でコレステロールを下げたり、食事でコレステロールを心配することはないと言えそうです。

産業としての医療の現実

アメリカの金融危機に端を発した世界的不況に、日本も巻き込まれていますが、それでもまだ、大量生産と大量消費を前提に発展していくというカタチの資本主義そのものに対する疑問は、生活者の中にはある程度沸き起こっているようですが、財界と呼ばれる層には、まだ従来型の資本主義でやっていける、やっていきたいという意向が強いように感じます。

医療崩壊とまで言われるようになってきた、現在の日本の医療体制ですが、医療もまた重要な産業のいち分野として存在しているということを、はっきりと意識している人は、少ないようです。

医療も産業である限り、売り上げを増やすことを目的としています。そのために、マスコミを使って商品の宣伝をして、人々の消費意欲をかきたて、実際に買ってもらうというシステムを利用しています。

。薬の宣伝は、テレビなどで広く一般的に行われていますが、病院の宣伝は、規制がかかっていることもあり、儲けが出しやすい美容整形外科など限られた分野でしか行われていません。

しかし、病気でもない人が病院へ行ったり、症状がないのに薬局に行くことは、普通はありえないので、他の手段が必要だと考える業界の人がいても、不思議ではありません。

その「宣伝」手段の一つが、マスコミを使って、病気を放置しておいたら大変なことになる(こんなナレーションの番組が実際にありますが(苦笑)というように、危険性を強調して人々の不安を煽るという手法です。

保険会社も同様ですが、がんや生活習慣病といれる高血圧、糖尿病なども、さかんに危険性が強調されているのはご存知の通りです。

病院と厚生労働省が一体となって推進している、いわゆる「メタボ検診」や「がん検診」「人間ドック」なども、マスコミなどの影響で不安になった「健康な人たち」にも、顧客になってもらうために行っている側面は否定できないと思います。

実際、検査を受けてもらうだけで、検査代が入りますし、異常を発見できれば、それに病名を付けて治療することもできるので、収入が増えます。

現在の日本では、約3人に1人はがんで死ぬことになっていますが、がんは、患者一人当たりの治療費(売り上げ)がかなり高額になる、医療機関と製薬メーカー、医療機器メーカーにとっては「おいしい病気」なのです。

昨今では、公立の病院でさえ経営利益を出すことが当然視されるようになっています。医師が個人的には売り上げ優先の診療などしたくないと思っていても、病院長や経営者の顔がちらつけば、売り上げが上がる治療方法を選択するのは、ごく自然な成り行きです。

海外で行なわれた試験ですが、少なくとも、肺がん、大腸がん、乳がんなどを発見するための検診は、総死亡率を減らす効果がないと実証されていることを知っている一般の人は、ごく少数ではないでしょうか?

検診に意味がないということは、検診で発見されたがんを治療する意味もないということになります。ましてや、それらのがんを手術で臓器を摘出したり副作用が強烈な抗がん剤を投与することは、意味がないどころか有害でさえあるということになります。

参考資料:「がん治療総決算」近藤誠 著 文芸春秋

魂があるとすれば

スピリチュアルブームで、前世とかリ・インカーネーション(輪廻転生)とかが テレビや日常会話でも、ごく当たり前に耳にするようになっていますね。

ブームになるズーッと前に読んだ本では、臨終の人を体重計に載せて計ると、死んだ後では、ごくわずかだが体重が減る、という話がありました。だから魂は死ぬときに肉体から離れて(天国へ)行くという主張だったのでしょう。

でも、考えてみると、魂というものがあるとしても、それは物質的なものではないはずです。 それを物質的(物理的)な裏づけを探そうとしても、無駄というか探求の方向が違うような気がします。

魂と呼んでもスピリットでも、呼び方は何でもいいのですが、 思うに、それらな生命体の働きを司る力なのだと思います。 だから、魂という「物」があるわけではないと考えています。 それを別のもっと一般的に言えば、生命活動を成り立たせている 自律性、意志のことだと考えています。

我々の肉体は、炭素や水素、酸素、鉄、リンなどの元素でできているから物質であることは確かです。でも、我々は物質ではない。生物です。生きているのです。

生物と物質を分けるもの。 それは、自律性を持っているということだと思います。 自分の意志で行動を決め、栄養補給をし成長することができ、傷や故障を修復できて、自分と似たような存在を再生産(生殖)できること。 これらは、物質には還元できないものです。 比較のレベルが違うのだと思います。

自律的、意識的な働きと、その作用の痕跡としての記憶の蓄積が、 魂(スピリット)の本質だと思います。

輪廻転生などは、魂の生まれ変わりを言っているにも関わらず、 あたかも、「魂」という何かまとまった塊のようなものがあるかのように考えているように感じます。

それが、肉体という現世での存在基盤に宿ることで、生命が誕生するという思想だと思いますが、魂が意志なり自律的な作用(働き)だとすれば、 肉体(物質)と分けて考えることはできないような気がします。

魂が抜けるから死ぬのではなく、意志、意欲と呼ばれるような自律するための力が衰えるから、肉体は元の物質に還るのだと思っています。

物質の動きが情報として痕跡を残すように、生命体の活動も情報としてその痕跡を残しているのかも知れません。 だから、肉体的にはこの世から消滅し大地や大気中に還元されても、生きた証としての記憶、情報は、永遠に残るのかも知れませんね。

でも、それはなんらかのまとまった塊として形をとどめたり、記憶という情報そのものが自律的な意志を持っているとは考えにくいのです。

物質界という現場を離れた「作用(働き)など、必要ないというか、必然性が感じられないからです。

定期的な施術で健康維持

生まれつきの体質や性格は基本的には変えることはできません。誰でも体に弱点を抱えています。仕事や家事や学校などで体に無理をかけると、生活が不規則になると、生まれ持った体の弱点の部分に不調が出てきます。

体が整い不調と歪みが無くなっても、心身に負担の多い元の生活のままでは、不調は再発します。ご自分で生活改善をして体のメンテナンスができるよう、自己療法と生活習慣の改善点をアドバイスします。

多忙で生活に余裕がないなど、自分では健康維持のためのケアが難しいという方には、定期的に整体を受けることをお勧めしてます。ちょっとした不調、疲れのうちに解消しておけば、月に1回程度でも、体を整えておけば、重大な病気には成りにくくなりますし、何より生活が楽しく快適になり、仕事も家事も勉強も能率がアップします。

生活環境が厳しい現代の生活では、多少の不調や体の不具合、きつさは当たり前と思われています。そんな生活に耐えていたら、いずれ大きな病気に罹り病院のお世話になることでしょう。多少時間とお金がかかっても、体を整えておけば、毎日が楽しく将来の医療費の節約につながります。

心が体を治す

心が体を治す

心と体は、脳に起因するホルモンや神経伝達物質を通じて連携し、脳が体の他の部分(全身)に信号を送っています。

我々がどのように考え、感じるかが、体の様々な部分で生理学的変化を引き起こしているのです。だから、心身の健康のためには、どんなことを考え感じるかについて、もっと注意深くなる必要があります。

プラシーボ効果というものがあります。簡単にわかりやすく説明すると、薬を飲んだり、手術を受けたりしたと信じるだけで(適切で効果的な医療、特に投薬、を受けたと信じるだけで)実際に症状が軽減する現象のことです。

新薬や新たな手術方法が本当に効果があるか確かめるために、乳糖の錠剤や生理的食塩水の注射、偽手術などが、比較対照試験にしばしば使われてきました。プラシーボ効果(だけ)で、薬や治療の効果が出る場合が少なくないからです。偽薬、偽手術を施されたグループの患者より、本物の治療を受けた患者の症状軽減効果(治療効果)が高くなければ、その新治療法は効果があるとはみなされません。

プラシーボ効果が強く現れる病気があります。アレルギーなどの免疫疾患、糖尿病などの内分泌異常、胃腸炎などの炎症疾患、不安や抑うつなどの精神的疾患、パーキンソン病や不眠などの神経系疾患、狭心症などの循環器疾患、喘息や咳などの呼吸器疾患、そして痛み等です。

自分が疑いなく回復すると信じ、その楽観主義を共有してくれる医療者によって患者が支えられているときに、最も回復力が強く働きます。

心は体を治せるのは事実です!肯定的な信念と医療者の心を込めたケアが一体となったとき、体を癒し回復させる力が強く働くのです。逆も真なりです。否定的な信念と心ない医療者による手荒で適当なケア(治療)は、体を害し回復を遅らせます。

病気のことばかり考えてると病気に罹りやすくなります。何が体に悪いか知識がありすぎると、実際に体を害することがあるそうです。体を害する無数の方法について考え過ぎると身体症状を経験しやすくなるのです。これは科学的にも証明されています。実際、癌の専門医が癌に罹りやすいとか、治療家に短命の人が多いとかは、経験的にも納得できます。

月経前症候群(PMS)による痛みや症状も、一種のノーシーボ効果(否定的な信念が健康に悪影響を及ぼすこと)と言えるかも知れません。生理痛はあるのが普通と信じている女性は多いですが、その信念が、生理痛を引き起こしている側面がある可能性は高いと言えます。

体だけの病気は存在しない

「心と切り離された体だけの病気は存在しない」

ギリシャの哲学者、ソクラテスの言葉です。

これは日々、不調を抱えた方々の回復のお手伝いをさせていただいている私の実感でもあります。

ストレス反応は脅威を感じたときにスイッチが入る生存のための仕組みで、闘争・逃走反応とも呼ばれています。恐怖などの感情や思考が引き金になってホルモンが分泌され、交感神経を刺激して体内にコルチゾールやアドレナリンが大量に分泌される仕組みです。この状態が長期間続くと身体症状が現れ病気に罹りやすくなります。

日々、大量のストレスに晒されているビジネスマンをはじめとした現代人の多くは、ストレス反応のスイッチが入りっぱなしで、交感神経優位の状態が続いていて、体調を崩している人が多いと思います。

ストレス反応とバランスを取るリラクセーション反応というのもあります。この反応は、ストレスホルモンを低下させ、健康促進するリラクセーションホルモンを分泌する仕組みです。

リラクゼーション反応のスイッチが入ると、副交感神経が優位になり、体は平衡状態を取り戻します。リラックスした状態でのみ、体は自己修復力を発揮できるのです。

不調を抱えた現代人の多くは、上手にリラックスできない、心身の力が抜けない状態の人が多いので、意識的にリラックスするよう、できる状態を作るようにすることが、健康回復には大切だと思います。

病は気から

病は気から

「病は気から」は昔から言われてますが、この意味は、「病は気のせい」ではありません。実際に体の不調(病気)だが、気の持ちよう(気持ち)によって、良くも悪くもなるということです。心配事や不愉快なことが続くと、病気に罹りやすくなり、病気の人はさらに重くなるということです。

気持ちを明るく前向き、肯定的に保ち、無駄な心配はしないほうが、病気にかかりにくくなり、かかっても治りやすくなるのは本当です。精神的ストレスと病気には、因果関係があるのです。

常識的に言われてる、リラックスすることや分転換することは、健康維持には必要ですが、病気になったら、その程度ではあまり効果は期待できないかも知れません。病気で気分が落ち込んでいる人にそう言っても、それすら難しいと言うかも知れませんから。

「病気も健康も、自分が選んだ脳の動かし方の結果に過ぎない」「言葉と脳の使い方(思考パターン)を変えることでストレスの発生原因を断ち、病気から回復させることができる」という考え方があるります。

言葉のパワーで体調が変わる

言葉で暗示にかけると病気が改善することがあるのは経験的にも納得できます。社会手的立場や役割、体面があり、口(言葉)では言えない場合があります。特に立場(社会的役割)と体面を重んずる日本ではそう感じてる人が大部分ではないでしょうか?

体や心が辛くても口に出せないでいると、体調不良や病気という形で体がそれを表現してくれることがあります。病気が発生するメカニズムは、このように本音と建前がの不一致、不整合が大きく長く続くことによって発生する場合があるのです。精神的な抑圧に耐え切れなくなった時、身体がSOSを発信すると思えばわかりやすいと思います。

環境・人間関係・仕事・生活習慣の歪みが不調の原因

体調不良の原因

嫌な上司に仕え、嫌な仕事も全て引き受けるようなことを続けていると、いつ病気になってもおかしくないです。少なくとも体調は悪くなるでしょう。しかし、病気になれば、仕事を断る口実ができるし、重病なら長期間休まなくてはならなくなり、結果的に嫌な状況からは逃れられるます。

環境の歪み、人間関係の歪み、仕事上の歪み、生活習慣の歪みが、身体と心を歪ませ、病気を発症させるのです。だから、病気や体調不良を治すには、逆をやればいいわけです。やりたいことをやり、嫌なことは極力しない。体を歪ませるような無理な仕事や生活習慣は改めることです。

やりたいことをして楽しんでいるときは、ドーパミンが分泌され、快楽を感じる脳の報酬系が動き、免疫機能が活性化される。逆に、嫌なことをやり、矛盾した思いや未消化の感情を抱え怒りを抑圧していると、視床下部・脳下垂体・副腎の反応系列「HPA系」がストレス物質を放出し免疫機能が損なわれます。

最新の脳科学では免疫系に影響を与えガンを発病させたり、動脈硬化を引き起こし突然死の原因になる「キラーストレス」の存在が確認されています。

苦痛を感じせる神経システムが優位の人は(不調、病気の人)1日の6割以上の時間を、苦痛の回路に使っているそうです。それは日常生活のあらゆる面に悪影響を及ぼしているのです。

具体的には、「面倒だけど不潔だと言われたくないから、身だしなみを整える」という人は苦痛の回路が優位の人です。「身だしなみを整えると、自信が持てて気分もいいから」という人は快感回路が優位です。

病気になる思考回路

苦痛の回路と快感の回路は、誰でも両方持ってますが、苦痛の回路が優位の人は、体調を崩しやすく病気になりやすく病気が治りにくいのです。

このように、「病気の原因になる思考回路」はあります。「やりたいことがあるが、体調不良や家族関係、仕事などを理由にやらないでいるのを止めて、今すぐやりはじめること」が病気の回路を遮断することになるのです。たいていの人は、病気が治ったらやろうと思ってますが、病気を治すためには、できることはすぐやることが大切です。

僕は整体師なので、やたら薬に頼ることには否定的ですが、薬に効き目にも心の神経回路は影響します。薬が効かないという人の中には、表面的には、病気を治したと思い熱心に治療を受けていますが、心の奥では「自分の病気や不調は治るはずがない」と思っている場合が多いのです。

「どうせ治りっこない」と思ってる人と、希望を捨てず前向きに、少しの改善でも喜び感謝する人とでは、薬に限らず、治療や施術の効果が大きいのは当然と言えます。

もちろん、先天的な病気は別ですが、生活しているうちに罹った病気の原因は、自分の生活習慣、考え方が招いていると気付くことが回復の土台であり、第一歩になるのです。

「いついつまでに、病気を辞める」と決意する勇気が、治療効果、施術効果を高め、健康回復に導くのです。

整体で心気症が楽に

心気症

整体の仕事をしていると、お客様の中には、ちょっとした不調に過敏に反応し重大な病気の兆候ではないかと心配する方がわりとよくいると実感します。心気症の傾向が強い方です。

心気症とは、ちょっとした症状が重大な病気の兆候だなどという誤った自己解釈のため、心身ともに不調に陥り、それが半年以上継続し、苦痛や身体機能の障害を起している状態のことです。

心気症などで、体の一部分に注意を集中し続けていると、その部分の身体感覚が増強してしまい、ある種の自覚症状を感じるようになるようです。するとさらにその部分の感覚が気になり、いっそう注意を向けるという悪循環に陥ってしまうのです。

気持ちの変化、切り替えが病気の治療と回復にはとても有効です。それだけでも、治癒(回復)に向けての第一歩が踏む出せたといっても過言ではありません。

病気になる精神的な回路を断ち切り、健康になる回路を繋ぐことが、不調解消と健康回復には必要不可欠です。

整体は、体へ働きかけて調子を整え歪みを正す施術ですが、身体が整えば心も整理され落ち着くいてきます。施術後に体調を訊ねますが「すっきりした」という感想をお聞きすることが少なくありません。体がすっきりしたということもありますが、気持ち的にもすっきりされたことが、お顔の表情を拝見するとよく伝わってきます。

心身一如という言葉がありますが、整体師をしてるとそれを実感することが多いです。

※心身一如(しんじんいちにょ)とは、仏教で、肉体と精神は一体のもので、分けることができず、ひとつの物事の両面であるということ。

健康回復に必要な事

健康回復に必要な事

病気が治る回路

自分の病気は治ると信じること、治るとイメージすることで、体の中に回復への回路を作ることができたら、治らないと思われているような病気や症状でも回復(治癒)することがあります。

あきらめたら、治る不調や病気も治りません。少なくとも回復に時間がかかります。自分の病気はもう治らない、症状や痛みは消えない、回復することはないと思い込んでいる人が治る確率はかなり低いと思います。

人には現状維持しようとする心理的力というか傾向があり、慢性病の人はその病気を維持しようとする心理的回路が出来上がっているから、治癒して健康になろうとすることに対して抵抗がある場合があるようです。もちろん、病気の本人は否定するでしょうが、病気であることで、仕事から逃れることができていたり、家族から優しくされたりすると、心理的に病気に依存する傾向が出てくる場合があるようです。

他にも同様な事例を聞いたことがあります。子供が学校に行きたくないときは、腹痛が起こったり、下痢をしたりして、行かないことを合理化するとか、職場にとても苦手な上司がいたり、すごくプレッシャーのかかる会議やプレゼンテーションがあったりすると、無意識に会社に行けなくなるような事故やトラブルを起こしたり、病気になって欠勤したりするようになるというようなことです。これは仮病ではなく、本人は本当に身体的な不調に苦しんでいるわけです。

治ると信じ治るイメージを持つ

「病気が治るというイメージが体の中に治癒の回路を創り上げると、「治らない」と信じていた人でも、奇跡的に回復することがある」

回復を信じる

治ると信じている人の方が治りやすいということが言えると思いますが、末期がん患者だけを受け入れているホスピスの担当医などの話を聞くと、確かにそういうこともあるが、現実的には、治療に希望を持っている患者でも、死んでいく場合の方がはるかに多いとのことです。

心の底から治癒を信じているかどうかは、本人でさえわからない場合があるので、統計的なデータだけでは判断はできませんが、少なくとも、治癒や治療法に絶望しあきらめている患者より、何らかの希望を、たとえ表面的にせよ、持っている患者の方が生き生きしているし、余命予測通りに死んだとしても、死の直前まではそれなりに希望を持って幸福とまではいえないにしても、張りのある生活を送ることができているとのことです。

「イメージを持つということは、未来に創造的なエネルギーの流れを創り出すことである」

だから、イメージするときには、肯定的なことをイメージしたいものです。否定的なイメージは、否定的な未来へとつながっているからです。

体に対する影響を考えても、否定的な想念を持ち続けている人の方が病気に罹るリスクが高いと考えるのは、ごく自然なことですし、逆に現状と未来に肯定的な想念を持ち続けることができたら、 自然治癒力が活性化され病気が治癒することもあると思います。

以前読んだ『心のブレーキの外し方』(石井 裕之著)という自己啓発のハウツー本の中にも、同様のことが書かれていました。

「人には現状維持しようとする心理的力というか傾向があり、慢性病の人はその病気を維持しようとする心理的回路が出来上がっているから、治癒して健康になろうとすることに対して抵抗がある。だから、治らない」

というような内容でした。

人任せでは治らない

病気になったのは偶然か不運、はたまた体質、体が弱いなど、なかなか自分の生活習慣が原因だと認めない人が多いようです。それと同様に、病気になったら、医者や病院や治療家、整体師などに治してもらえばいいと考えている人も多いようです。これらの人は自分の体調は自分に責任がないと思っている人たちです。

でも、その姿勢では、病気はなかなか治らないし、カンタンに病気になったりもします。病気を治すのは、自分の体の力なんだと認めること。病気は自分が治すものだと考えを改めること。これが治癒への一番の近道だと思います。

症状は回復するためにある

免疫力

自然治癒力の考えからすると、「症状」とは、身体が病気から回復しようとするときの機能であり反応です。

例えば、風邪の時の発熱は、体温を上げて病原菌を殺す役割のある白血球などを活性化するためです。咳やくしゃみ、鼻水、下痢などは、病原体を体外に排出するため。症状は治癒反応なのです。

薬は治癒反応を抑えます。治癒反応である症状を抑えたら、病気は治りにくくなります。急性だった病気が固定され慢性化するのです。

症状を病気そのものと認識したことは、西洋医学の欠陥だと思います。症状=治癒反応を解放してやれば、病気は治ります。整体の産みの親とも言われる野口晴哉先生は、病気を経過させろと言いましたが、このことを言ってるのだと思います。

薬を飲み続けると効かなくなる

薬の常用

身体(生体)は、同じ刺激を受け続けると、それに対して抵抗力を獲得します。薬に対しても同様です。薬剤耐性が獲得されるのです。同じ薬を使い続けると、(同じ量では)しだいに効かなくなるということです。量を増やしても、すぐに薬剤耐性ができ、また効かなくなる。そうなると悪循環に陥ります。

薬物依存の問題もあります。薬を常用すると、体は薬物が入った状態で平衡(バランス)を保とうとします。体はその状態を正常と判断し、生命活動を営むようになります。薬の体内(血中)濃度が下がると身体の平衡は崩れ苦痛や不安などを感じるようになります。これが薬の禁断症状です。薬を再開すれば禁断症状は消えますが、それを薬が効いていると思っているのです。

整体や他の民間療法でも、症状を消すことを第一目的としたものは、薬を手技や他の方法に置き換えただけだと思います。身体のバランスを整え自然治癒力を高めた結果として、症状が解消するならいいのですが、症状だけ消そうとする方法は、基本的考え方が現代医療と同じだから、根本的な意味では存在価値は低いと思います。

当院の整体施術の目的も、痛みなどの症状を解消するだけとは考えていません。それでは、薬で症状を消す対症療法と考え方が同じだからです。それだけでは不十分で、体が持っている自己治癒力を高め、筋肉、骨格、血流、体液の流れ、体内の化学反応のバランスを回復し、結果として症状を解消し健康回復に導くことを目的にしたいと考えています。

症状が出ないと治りづらい

症状

かなり酷い肩こり、背中の張りなどがあっても、自覚症状が無い方は結構います。そんな方でも、固くなった肩をゆるめてあげると、楽になったことは実感できることが多いようです。だから、痛みやコリなどの症状が無いことと、症状を感じないこととは、イコールではありません。

症状があっても(体の機能に問題が起こっていても)、それを自覚できない人が、自然に回復することはかなり難しいと思います。なぜなら、自覚がないと体がその不具合を調整したり修復しようとする作用が働きにくくなっているからです。むしろはっきりと痛みなどの症状を感じる人のほうが、回復が確実で早いという場合が多いような感じがします。

例えば、低温火傷というのを聞いたことがあると思いますが、これは懐炉(カイロ)や湯たんぽなどそれほど高温にならないものを長時間皮膚に当てておいたときに生じる火傷ですが、温かいと感じても熱いとは感じてないので、火傷するまで放置されるから生じるのです。

低温火傷の方が高温で火傷したときより治りがかなり遅いようです。なぜなら、低温なので、皮膚表面はそれほどダメージを受けないのですが、長時間体温より高いものに接するため、熱が体の深部にまで到達するのです。だから短期間で表面では一見治ったように見えても、皮膚の深い部分で破壊された細胞が修復してないのです。

それと同様のメカニズムで、軽めのコリや痛み程度でも長期間放置しておくと、次第に深部にまで浸透し、骨格まで影響を受け、さらには内臓機能にまで影響が及ぶということもあり得ます。

東洋医学には「未病」という概念がありますが、はっきりとした症状が出て病名が付く以前の不調の段階(レベル)という感じの状態です。この「未病」の段階で体を調整し原因となっている生活習慣などを改善しておけば、本物の病気になるのを食い止めることができます。

天ぷらをあげていて油に火が移ったとします。この段階では、まだ火事とは言えません。小火(ぼや)ですらない状態です。でも、この程度なら大したことはないとほおっておけば、どうなるでしょうか?鍋が熱くなりガスコンロの周りの壁にも熱が伝わり、しばらくすれば家本体に火が燃え移ることは確実です。

体もこれと同じです。まだたいしたことはない、この程度ならどおってことないとほおっておけば、ちょっとした不調が本物の病気になり、体の機能が制限され、やがて体の組織そのものが壊れていくのです。

ただし、体は物ではありません。壊れたところを自分で修復する自己治癒力という力を持っています。だから少々の不調なら、休息し睡眠と十分にとり、栄養補給すれば回復するのです。

それでも回復しない不調であれば、整体師のような体を調整する専門家に任せたほうがいいと思います。本物の病気にならないために。

 

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病気を悪と決め付けない

病気は悪か?

現代(西洋)医学の考え方では、「病気」は悪でしかありません。痛みなどの体調不良を良くない状態としかとらえず、治療によって一刻も早く症状を消し去ることが医療の最重要課題と考えられています。

この考え方は、いわば病気のプロである医療に携わる人間だけでなく、広く一般の人たちにも浸透しています。

しかし、常に変化している体の一時的状態で痛みや不調を、単純に悪と決めつけ、異常な状態、異物として認識することは、なぜ、そういう状態になったのかという体の都合を無視することにつながります。

特にガンなどの物理的にカタチになったものは、異物として対象化しやすいため、手術で切除したり、抗癌剤や放射線で異物を攻撃し死滅させることしか、治療の方法がないとい考えられています。

ガンは元々は自分の正常細胞であり、ガン化しても自分の体の一部であることに変わりはありません。ガンと正常細胞の境界線はあいまいなので、完全に切除できるケースは限られ、攻撃によって死滅しようとすれば、正常細胞も同時に殺すことになるので、限界があります。

また、攻撃が成功したように見えても、元々自分の一部であったさ細胞が変化したものなので、その原因を解明し問題解決をしなければ、再発のリスクは常に抱えていることになります。

病気は心と体のメッセージ

症状は体のメッセージ

現代西洋医学が切り捨ててきたもののひとつは、「病気や不調は心身からのメッセージである」ということです。不調や病気は、望ましい心身の状態からの警告であり、単にそれを消すことを求めているわけではなく、生活習慣や体の使い方、心の持ち方、考え方、感情のありように対する変化を求めているのです。

そう症状をとらえれば、症状は心身を望ましい状態に導くために必要不可欠な作用であり、単純に排除することだけを考えるとすれば、より深刻な状態になる新たなリスクを抱えることにつながるとも考えられます。

「病気」が伝えるメッセージは、ひとつとは限らず、複雑にからみあい、重なっていることがあるようです。

「仕事が忙しく、無理しているので、もっと休養が必要です」というのは、最も一般的でわかりやすいメッセージですが、心の問題に関係するような、本人の人間関係や社会との関わり方、価値観、世界観に再考を促すようなレベルのものもあるようです。

身体(心と体)からのメッセージを汲み取るためには、症状だけにフォーカスしていては不可能です。自分の現在の生活や人間関係を観察し、生い立ちにまで遡って振り返ることが必要なケースもあるようです。

長期化し慢性化した病気や症状から回復するためには、しっかり「病気」「不調」と付き合おうという逆転の発想もときに必要かも知れません。

不調を異物、悪として認識し、攻撃し排除しようとする考え方や認識の仕方は、自分の頭(顕在意識)で身体(深層心理、潜在意識を含めた心と体)をコントロールしようというものでもあります。

仮に、不調や病気の原因が、心身の都合と能力を超えた酷使にあるとすれば、異物としての痛みや不調の排除を目的としての頭で考えた「治療」が意味することは、不調の原因を押さえ込み、今までのやり方(心身との付き合い方、使い方)をそのままにしてさらに強化することにつながります。いわば、さらなる頭(顕在意識)による心身のコントロール強化です。

その結果と生じる可能性が高いのは、同じ症状や病気がさらに強化されたカタチで発生するということです。

我々は、頭(顕在意識)で身体をコントロールしているわけではありません。心臓は鼓動しろと意識で(顕在意識)命令しなくても、自動的に動いています。口から食べ物を入れれば、消化器官は自動的に働きだし、栄養分を体内に吸収してくれます。毒物を食べれば、頭で考えなくても、身体が反応して(下痢や嘔吐)体外に排出してくれます。深層心理も含めれば、我々が意識的にコントロールしている部分はごく表面に過ぎません。これらは主に自律神経という体の制御システムが行なっています。

自律神経が体を管理

つまり「病気や不調と闘う」という考え方だけでは、自律的、自動的に我々を快適な状態で生かしてくれている生命力(自律神経、免疫系など)に介入し混乱させるような背反する状態になるリスクがあると思われます。

一時的に不快な状態にすることで、身体を意識させ、改善を促しているだけなのに、そんな身体(と心)を責めたり疎ましく思ったりするよりも、メッセージに耳を傾け、どうして欲しいのか思いやるほうが、回復への確実な道筋だと考えます。

不調や病気に罹った自分の身体を疎ましく感じ、なかなか回復しないことを責めたりすることは、重い荷物を背負って長い距離を歩いてきて、疲労困憊のあまりとうとう倒れてしまったロバや馬を鞭打つようなものです。

そんな身体を責める気持ちや考え方そのものが、不調や病気の根本的な原因のような気がします。

責めたりする気持ちを止めることによって、最適な治療方法がわかってくると思いますし、治療の効果も高まり、身体が自発的に回復に向かっていくのです。

症状だけ解消しても健康とは言えない

体の表面に近い部分の痛みや違和感、しびれ、皮膚の湿疹、できもの、などを無くすることが「治療」だと思っている人が多いようです。

しかし、症状は体が一定の状態=健康、を保つために不要なものや活動のために発生しています。

それを押さえ込むことで、表面的には「治った」と思われるでしょうが、根本的な原因を放置していれば、それが、表面からもっと深い部分や別の部分に移動してしまうだけです。深い部分とは内臓や神経組織などのことです。そうなると治療は難しくなってきます。

根本的な原因をとは、生活習慣やそれが体に反映した結果としての体の歪みなどです。

一時的な痛みや症状解消のための薬や施術、治療ではなく、生活習慣の改善も含めて歪み解消の施術や治療をすることで、症状の解消には多少時間がかかったとしても、体はじょじょに回復してきます。

症状の解消に一喜一憂するのではなく、体全体が整ってくる感じを大切にしていけば、その先には、より快適で楽しい生活が待っていることでしょう。

無病息災より一病息災

一病息災

病気は悪い状態というのが常識ですが、果たして本当でしょうか?

生きていれば、病気の一つや二つ、必ず罹ります。「生きていれば」というところがポイントです。生きているということは、体が変化し続けているということです。

病気も体の変化と捉えれば、病気=悪い と単純には言えなくなります。だから、病気に罹ることが絶対的に悪いのではなく、回復しないことが悪いことなのです。

外部から病原体が侵入したら熱が出ます。熱が出ること(症状があること)そのものが悪い状態と捉えていると、それを消すことだけに集中することになります。

体の防御反応として、病原菌と戦うために熱を発しているわけですが、熱を下げることが治療だと思い込むと、体が正常な状態に戻ろう、病原菌を撃退しようとしている働きを阻害することになります。

例えば、最も一般的な病気である風邪ですが、一定の体力のある人なら、命に別状のある病気ではありません。

にも関わらず、風邪にかかったと思ったら(熱が出る、鼻水が出る、咳が出るなど)、即効で風邪薬を飲む、病院に行き抗生物質などを投与してもらうという処置をする人が多いと思いますが、これも風邪を治療すというより、風邪を潜伏させ長引かせるためにやっているようなものです。

風邪などの症状は、ある程度の体力がないと発症しません。熱が出る、鼻水が出る、咳が出る、下痢をするということは、体が正常に反応しているということです。

私の父は癌で亡くなりましたが、死ぬ1~2年前に母が言っていた言葉が記憶に残っています。「お父さんはこの1年ほど風邪もひかない(だから健康だ)」今考えれば、風邪を引いても(ウイルスに感染しても)それを撃退するために症状を表に出す体力が無くなってきていたのだと思います。

風邪をひかないことが体力があり健康の証のように考えている人は、多いと思いますが、実際は、風邪もひけないほど、体の芯の部分が疲れている、あるいは、緊張の連続で症状を表に出せない状態ということは、十分あり得ることです。

適度に風邪をひき、すぐに治ってしまう人の方が、本当に体力があり健康な体(整体)だと思います。

風邪などのちょっとした病気や症状をこまめに経過することで、ウイルスやストレスなど体を壊す刺激や要素を、その都度排除して健康体(整体)に戻していると診た方が、本質的に正しいと思っています。

風邪もひかない(ひけない)人は、中年以降にある日ドカッと体調を崩して、大きな病気をするリスクは高いようです。

整体をして、一時的に痛みが増したり、痛み出したり、コリを感じるようになったり、汗が出てきたり、施術中にトイレに行ったりするのは、施術によって、体がちゃんと反応できる状態になってきたということです。

出すべき症状や老廃物などを、汗や尿などの体液(出血した人もいましたが)と一緒に早く出し切ってしまった方が、体は早く回復するものです。出すべきものを抑えると、回復は遅くなります。

無病息災より一病息災の方が本当だということでしょう。