アンコールワットを観た!

アンコールワット

少し早めに休暇をとらせていただき、4月末の6日間、カンボジアのアンコールワットを観てきました。1000年も昔に石で建てた壮大な寺院で世界遺産に登録されている遺跡です。他にもいたるところに当時の寺院や宮殿があり、クメール帝国の繁栄ぶりと高度な文明に驚きました。

アンコールワットのあるシェムリアップという町は人口15万人ほどですが、世界中から観光客が来てました。昨年までは日本人が一番多かったとガイドは言ってましたが、今年は震災と原発事故の影響で、かなり少なかったです。逆に韓国のツアー客が多く、中国人も目立ちました。欧米からも沢山来てました。

遺跡見学で毎日かなり歩きまわり、自転車も沢山こぎましたが、震災依頼、緊張状態が続いてたのが、全く違う環境に身をおいたせいか、すっかりリフレッシュしました。深夜便で帰国したにも関わらず、4時間ほど寝たらすっかり元気になって心身ともに軽くなりました。

体と心の治療、癒しは、必ずしも病院や治療院での治療でなくても、全く違う環境に身を置くことで、癒されることがあるのは確かだと感じました。わずか6日間ですが、日本でいろいろリフレッシュ方法を試すより、はるかに心身が浄化されたのを実感しています。

逆に言えば、慢性化した心身の疾患や疲労感、ストレスなどは、毎日の生活や体の使い方、考え方、気の持ちようを変えることなく癒されたり、治癒したり、リフレッシュすることは難しいということだと思います。心身はそれ自体で存在してるわけなく、環境との相互作用の中で生きているからです。

カンボジアに整体院があるとは思ってませんでしたが、町を歩いてたら”pain therapy” Japanese “Seitai”の看板が目に飛び込んできました。海外でも整体をしている日本人がいるんだと感心しました。料金は現地の物価感覚では非常に高く30ドルで1時間でした。

日本でのしがらみが無くなったら海外に移住したいと少しは考えてるので、シェムリアップで整体院を発見したことはよかったです。現地の観光客向けのマッサージはとても安いので(1時間5ドル~)何度か受けましたが当たり外れがあるにしても効果はイマイチの感じなので、自分の整体ならと思いました。

東日本の震災・津波は、世界中の多くの人が知っています。カンボジアでは、空港の到着客入口に「がんばれ日本!あなたがたは1人じゃない」というような横断幕が貼られてましたし、町のツーリストインフォメーションでも、同じ看板が掲げられてましたし、ホテルのスタッフなども心配してくれました。

カンボジアの人たちはおだやかで控え目の人が多く心が和みました。ホーチミンで帰国便に乗り継いだときは日本人が多くいましたが、表情は疲れのせいもあってかやや沈みがちな人が多く、ベトナム観光の話で盛り上がってたおばちゃんたちも、カンボジア人と比べたら表情が硬かったのが印象に残ってます。

震災のせいもあるでしょうが、今や中国人や韓国人の方が日本人よりかなりエネルギッシュで活気があります。日本人海外旅行客が激減した時期のせいもありますが、日本人は影が薄かったです。国の勢いを見ても、日本はバブル崩壊後は、少なくとも庶民レベルでは落ちる一方なのに、中国は急成長してます。

カンボジアとタイは、国境紛争で交戦中ですが、現地で会ったガイドは怖がってました。彼によれば、タイは難しい国だそうですが、民族的にも文化的にも言語的にも、我々から観たらかなり似ているように感じます。逆に彼らにとっては、中国、韓国、日本は同じように見えるようです。

旅行、特に海外へ旅をすると、視野が広がるのを感じます。自国を外から全体的に観ることができますし、自分の仕事や生活なども、少し距離を置いて見渡すことができます。仕事も大切ですが、よりよい仕事をして、より人生を味わいある充実したものにするためにも、仕事以外でもしたいことをするのは大切だと改めて感じた旅でした。

タ・プローム2

十二経絡を施術に応用

先日の施術で経穴を使いました。便秘と腰痛の女性でしたが、第11肋骨の先端にある「章門」をさぐると、左右とも痛みを訴えたので、痛みが強い側を操作してゆるめました。立ち上がっていただくと、腰がとても軽くなったと驚かれました。特に内臓と関係してる(体表部分の)痛みには効果的な感じです。

胸鎖乳突筋という頭骨から鎖骨までつながっている首の筋肉があります。首や肩の張り、コリ、痛み、頭痛、めまい、耳鳴りなどの人は、たいてい張っています。以前は直接ゆるめたり骨への付着部をさすったりしてましたが、腋の下の痛む箇所をゆるめると効果があることがわかりました。

直接ゆるめる場合は、結構手間がかかり、触った部分の周辺しかゆるみませんが、離れた場所のポイントを調整すると、関連部分がすべてゆるむことがあります。胸鎖乳突筋も腋の下を調整すると、首だけでなく肩、背中の上部(僧帽筋、三角筋等)までゆるむことがあります。体の複雑な仕組みの一端です。

筋肉や骨格に関係する身体の表面の痛みでも、内臓の不調や機能不全が関係していることがあります。内臓の調整も施術に取り入れることで、より効果的な整体を目指してます。

放射能のバタフライ効果

「バタフライ効果」という概念があります。通常なら無視できると思われるような極めて小さな現象が、やがては無視できないほど大きな影響を及ぼす現象のことです。放射能の摂取基準が日常的な話題になりましたが、これ以下なら影響がないというわけではありません。どんなに微量でも影響はあるのです。

放射能への耐性にも個人差があります。若いほど影響が強く出ます。乳児や幼児、子供は特に注意が必要です。50歳以上だと影響は激減するようです。体質や健康状態でも違いが出るようです。基準値以内なら安全だということにはなりません。汚染範囲が広がりと健康被害の多さは比例します。

事実を知らなければ、効果的で最善の対策をすることはできません。正確な情報が生命、健康、生活を守るためには必要不可欠です。どう判断し行動するかは個人の価値観、人生観の問題だと思いますが、情報がコントロールされ管理者の都合で恣意的に歪曲されてると、適切な判断の基盤が無いということです。

福島原発に近い人ほど不安が強く広がっている理由は、正確な状況を知らされてないからです。どんなに危険だという情報でも、それが信頼できる正確な情報なら、それに基づいた判断と行動が取れます。

心理的な安心感のためのあいまいな情報や危険な情報が隠蔽されている場合は、人々の不安は増すばかりでなく、生命の危険に晒されることにつながります。

情報源をテレビと新聞、ラジオだけに頼っている人は多いと思いますが、それらマスメディアが常に人々にとって必要な情報を提供しているとは限りません。人が行動を決める重要な基準のひとつは、自分たちの生活を支える経済です。マスコミの主なスポンサーは、東電などの大企業です。

誰でも生活を支えてくれるスポンサー(出資者や資金提供者)の意向を無視できません。その意味では、マスコミもスポンサーの意向に逆らう報道はしません。これを読んでる人はネットが見れる環境ですから、多少面倒でもネットでの情報収集をした方がいいと思います。

ネット情報に中にも嘘や不正確な情報が多々ありますが、丹念に読み込んで、あやしいと思う情報は、他の情報源をあたるなどして調べれば、おおむね正確なことがわかるようになります。津波警報がいい例ですが、正確な情報に基づく判断と行動が、いざというときの命の分かれ目になります。

放射能の影響が数日で出るようなら、1年以内に悲惨な状態で死ぬということです。多くの影響は早くても1年以上で20~30年経ってから影響が現れることもあります。発がん率の上昇、子供や若年層の甲状腺がんや白血病の増加、奇形児や死産の増加などです。

放射能による健康被害を証明することは、多くの人々を長期に渡って継続的に疫学調査しないとわかりません。統計的に発病率の上昇がわかっても、放射能との因果関係を科学的に証明することは簡単ではありません。今の状況では、健康被害と原発事故との因果関係を認めないということになると思います。

最終的には自分の健康と生活は自分で守るしかありません。人の助けや協力を求めることは大切ですが、それを活かすには、情報収集も含めて自分のことは自分で何とかするという明確な意思です。その基盤がないと、自分の人生を人や状況まかせで流されるままということになりかねません。

長期化する原発事故に注意

健康に関わる仕事をしている者として、原発からの放射能に無関心ではいられませんし心配はしています。「直ちに健康に影響が無いレベル」と政府や保安院などが言っても、数年後、数十年後に影響が出る可能性があることをほのめかしているわけですから。

自然界にも放射性物質はあるし放射線もあるといっても、原発からのものは自然界には存在しないものです。通常なら水道水や大気や土壌には、放射能は無いのが普通です。それがレベルが低くとも常に存在する状況というのは、やはり異常です。このままでいいはずがありません。

直ちに健康被害が出なくても(直ちに出るようでは、1年以内に死ぬ可能性が高いということです)、放射能による健康被害はあると考えて対策を考え行動すべきでしょう。特に乳幼児、子供や妊婦の方は要注意です。放射能、特にヨウ素などの影響を強く受けるからです。これは医学的にも認められています。

発ガン率や奇形児、死産率の上昇もチェルノブイリ事故を調査した機関から報告されていますが、科学的には因果関係は証明できないという理由で、政府機関やIAEAは被害を認めていません。これと同様のことが、日本でも起こる可能性はあります。科学で証明されなくても存在する事など山ほどありますし。

「放射性物質の危険性は足し算で判定する」…汚染された魚を1年間食べても、年間許容限度を超えないとテレビなどで言ってますが、人は空気を吸い、水を飲み、野菜や肉を食べて生きています。これら全ての汚染度を足し算しないと本当の危険度は測れません。

福島原発事故のレベルがチェルノブイリと同じ7と発表がありました。原子炉の冷却は半年以上、場合によっては1年以上かかると言われているので、爆発が起こらなくても、放射能は何ヶ月も漏れ続けるでしょう。

セシウムなどは半減期が30年と長いため、一日単位では微量でも、水や野菜や空気などから毎日のように摂取していれば、いずれ健康にはっきりと害が出るレベルになるでしょう。特に危険なのは内部被爆といって、放射性物質が食べ物や傷口から体内に入り、そこから被爆することですが、これは細胞に直接放射線が当たり、放射性物質からの距離が実質的にゼロなので、皮膚表面への被爆に比べて危険性がとても高いと言われています。

地表には半減期の長い放射性物質が蓄積していきます。特に子供は放射能への感受性が高く、被害を受けやすいので、注意が必要です。外で遊ぶことが多いので、埃を吸い込んだり、手についた土ぼこりを舐めたりすると、内部被爆の可能性が高くなるので、かなり危険です。

震災以降、社会・経済状況が不安定で、心理的にも不安感があるためか、当院も来院者は減っていますが、体は生活の一番の資本です。体調を整えておけば抵抗力、自然治癒力が高まるので、今のような環境でも影響を受けにくくなると思いますので、心身のストレスを抱えている人や、体の不調がある人は、ぜひご来院ください。お待ちしております。

世界が変わり始めています

窓越しに雨音が聴こえます。わずかでしょうが放射能まじりの雨が降っているのだなと思ってしまいました。水も空気もうっすらと汚染されているようです。200キロも離れたこの地でもそうなのですから、福島の方々の心労は察するに余りあります。

震災や原発事故の心理的、地理的、置かれている状況や入手する情報の影響によって、受け取り方の差が非常に大きいようです。直接影響が出てない場合は、今まで通りの生活をするというのは大切なことだと思いますが、明らかに国全体に関わる問題が進行中で、被災された方が困窮し苦しむのを無視していいはずがありません。

原発の事故は、地震と津波が原因だと思われているでしょうが、それはきっかけに過ぎません。今回の事故は人災だと思います。なぜなら、原発の危険性を知り、今回のような事故を事前に正確に予測し、国会や福島の地方議会で問題にしていた議員や、著作や講演などで警鐘を慣らしていた研究者や原子炉設計者、ジャーナリストがいたからです。彼らの警鐘を全て無視してきた結果が今出ているように思えてなりません。

地震も原発事故も、個人の手に余る出来事です。その意味でも、人生に起こる全てのことは、自分が引き寄せているとか、自己責任だという最近の主張は、破綻したのでは?と思います。津波を予想してたから津波が来たというのは、無理がありすぎですし、家や家族を失うことを望む人がいるはずもありませんから。何のせいであれ、あの惨状を見たら、たいていの人は助けてあげたいと思うでしょうし。

ただ、個人ではどうしようもないからと言って問題の存在自体を知らん振りすることは、次の大惨事を招くことになるかも知れません。皆が無力感に捕らわれ、自分が何をしたって世界は変わらないと思うことは、今回の人災やこれからじょじょに出てくる困難な状況を容認することにしかならないと思います。

放射能の健康への影響は問題にする必要がないかのようなニュアンスで報道がされていますが、体に取り入れていい放射能などあり得ません。自然界にもあるといいますが、原発から出ているものは、自然界に存在しないもののようです。今回の原発事故で、放射能の人体への基準が緩められました。水や野菜などが食べられないとなるとパニックが起きることを怖れたのでしょうが、空気や水や土壌が汚染された場合、個人でできることは限られるので辛いところです。

私の仕事は、人々を健康で快適に生活できるようにお手伝いすることだと思っています。それがこのような状況になると、自分の仕事上の努力などカンタンに吹き飛んでしまいそうに感じています。健康に生活するための土台が揺らいでいるからです。

ですからこの機会に言っておきたいと思います。原子力発電をこれ以上推進することも、既存の原発を運転し続けることにも反対だと。ひとたび事故が起これば大災害になる技術は止めるべきですし、現場作業員の命を危険に晒さないと成り立たないような方法で電気を作ることは間違いだ、あってはならないと思うからです。

目に見えないものを人は無いものと思い込みます。視覚で全てを感じ取れるわけでないにも関わらず。匂わないものも無いものと考えます。匂いを発しないものがあることを知っていても。聴こえないもの同様です。音を出さないものの方が多くても。五感で感じ取れなくても存在するものは確かにあるのです。

もっと心身の感覚を研ぎ澄まし、本当に自分にとって必要なもの、危険なものを感じ取れるようにしたいものです。このような混沌とした時代だからこそ。

生活が変わりました

地震、津波だけでも大被害、大災害なのに、原発事故も心配です。事態が終息するか、まだ予断を許しませんね。

昨日は、夕方から夜にかけて停電。暗い部屋に1人でいるのも寂く手持ち無沙汰なので、外出しました。繁華街には人が多かったですが、大部分の商店は閉店し路地は真っ暗でした。住宅が静まりかえり真っ暗でした。こんなに暗い街を歩いたのは初めてでした。空には月が煌々と輝き、地面には影ができていました。月明かりで空が明るかったにも関わらず、星がいつもよりはっきり見えました。

こんな状況でも、クルマで来院される方がいて感謝しています。電車の方は、東上線がかなり間引き運転か志木以降で運休が多いためか、地震後の来院はほとんどない状況です。クルマの方も渋滞で大幅に遅れたり、給油できないなど、結構大変な状況のようです。

周囲の風景は、停電以外には基本的には同じだというのに、震災と津波後から、生活と精神状態が一変したのを感じます。それ以前の個人的問題や政治・社会問題さえも、今の状態に比べたら、たいしたことはないような気になります。

テレビで震災と津波の被害の映像や原発事故の推移を見続けていたら、精神的に疲れてきました。停電スケジュールを充分に把握してないので、突然電気が消えたりして、地震の被害はほとんどありませんが、この1週間、ちょっとした緊張状態が続いています。

このへんで気分転換しておかないとと思っています。皆さんも停電のときに静けさや家族との会話を楽しむなど、気分転換してこの危機を乗り切ってください。

地震、凄かったですね!

金曜日の地震は怖かったです!揺れ始めから本格的に揺れるまで時間が少しあり、その後で2分間ほども大きな横揺れが続きました。待合室の本棚が倒れそうだったので、必死に押さえながら、早く地震が終わることを祈っていました。幸い、棚の物が落下した程度ですみましたが、揺れが治まった後で、乗物酔いのような感じが続きました。

この地震の直後に、予約通りに来院されたクライアントさんには、とても感謝しています。施術中にも2度ほど揺れましたが、慌てることなく無事施術は終了しました。しっかり改善もされてて、よかったです。

地震そのものより津波の被害が甚大のようです。東北地方では、町が壊滅状態の地域があるようです。これほど広範囲の地震は、経験したことがありません。埼玉県川越市では、揺れが強かった程度で、当院から見える墓地の墓石も倒壊してませんが、翌日、お寺の住宅の屋根の瓦を修理してたので、瓦が落ちたのかも知れません。

都心勤務で昨夜帰宅できなかったクライアントさんから、夜、予約のキャンセルの電話がありました。この状況なので、来れないだろうと思ってましたが、大変な状況の中でも律儀に連絡くださって感謝しています。翌日は電車が動き出したので、土曜日はゆっくり休まれたことと思います。

今日から川越市も計画停電するそうですが、当院は通常通り営業いたします。エアコンの暖房が使えない場合でも、灯油ストーブがあるので、寒くはないと思います。5時半以降、暗くなってからの停電の場合は、電気は点きませんが、蝋燭などで対応したいと思ってますが、もし夕方から夜間にかけてのご予約で、停電に当たった場合には、その場でキャンセルされても大丈夫ですので、ご安心ください。

旅したい気分

20代から30代前半にかけては、海外旅行と登山、トレッキングが生きがいでした。仕事も興味が持てるグラフィックデザインとイラスト、コピーも書いてましたが、今思うと仕事一筋とは言えない生活でした。この5年間ほどは、収入面ではかなり減りましたが、整体という仕事一筋で暮らしてきました。

海外へは、5年前にタイのチェンマイに、タイ古式マッサージの個人指導を受けに行ったのが最後です。暇な日も季節によっては多いので、激務とは言えませんが、手技療法の勉強を含めたら、やはり仕事一筋といえる生活です。

膝を少し傷めているせいもありますが、登山も5年ほど行ってません(ハイキングはたまに行きますが)。精神的に煮詰まってきている感じがするので、このあたりで主に精神面のリフレッシュ、リセットのために、久しぶりに海外に行く計画を立てています。

日々濃くなる春の気配

3月に入ったというのに、結構寒い日が続いてますが、陽が長くなり春はもうすぐそこまで来てるのを感じます。

日曜は暖かく晴れていたので、自転車で入間川の土手をサイクリングして隣町の狭山市まで行きました。帰りに近くの温泉施設に行き、夕食は自炊しました。地味ですが、ちょっとした旅行気分が味わえ、運動不足解消にもなった休日でした。

休みの日に散歩やサイクリングすると、ブックオフに立ち寄ることが多いです。最近はもっぱら100円コーナー専門ですが、気軽に買えるので、5~10冊くらい一度に買い込んでしまいます。すぐに読む本は限られるので場所塞ぎになります。立ち読みだけでも、ある程度の内容は頭に入るんですけどね。

僕にとっての認知症

母は交通事故で脊椎を圧迫骨折して以来、背骨が歪み背中が丸くなり身長が10センチ以上縮みました。それ以来、重いものは持てず、長距離は歩けません。数年前から介護保険の要支援という初期段階の介護サービスを受けています。

昨年の介護認定更新のときに、兄弟が、母の物忘れがひどいことを懸念し、心療内科(介護認定の診断医)を受診させました。いくつかの項目でひっかかったので、認知症(初期段階)と診断され、要介護ということになりました。

認知症のチェック項目の一つである、今日の日付をいきなり聞かれたら、私でもたまに間違えることがありますから、普通の状態と認知症が隔絶しているわけではありません。記憶力の減退と気力低下は明らかですが、判断力は正常と感じるので、脳血管性の認知症の初期段階だと思います。

実際、母は10年ほど前の検査で、脳に小さな血栓のような詰まりがあると診断されてますし、中性脂肪と血圧も以前は高めで降圧剤の常用してました。認知症と聞くと、身内に居ない人は、人格も変わってしまい、半人前のような幼児のような人間になると思ってるかも知れませんが、実際は違います。

認知症が進めば、人格変容と幼児化、奇行が始まります。私の祖母がそうでした。まだアルツハイマーや痴呆症、認知症などという病名は一般的には聞いたこともなく、物忘れや多少徘徊が始まった程度の老人は、単にボケたとしか表現されない時代でした。祖母の場合は、最終的には外見以外は別人格のようになり、実の娘(僕の叔母)のことすら認識できないまでになり、完全に社会性が崩壊した状態にまでなりました。介護サービスなども無く、自宅での介護だったので、両親が外で働いていたこともあり、当時、市内の高校に通学していた僕が、放課後、部活をさぼり祖母の見張り役になっていました。

祖母や母や伯父、叔母のケースを実際に見てきたのでわかりますが、少なくとも初期、中期段階では、判断力はしっかりしてますし、プライドもしっかりあります。それをいかにも「ボケ老人」か子供のように扱えば、本人の自尊心を著しく傷つけます。

祖母や母と直接接していて感じるのは、足腰など運動機能や内臓機能が加齢と共に衰えるのと同様、脳機能も衰えるのが自然だということです。日付や昨日の食事内容など、どうでもいいことは覚えなくなりますが、本人や家族にとって重要なことは、意外にしっかり覚えていて、対応や反応も適切なのです。

直接経験してないこと、マスメディアや人から聞いた程度のことで知ったつもりでいても、実際にはかなり違っていることがありますが、本人はわかっているつもりでいることは多いものです。特に人間に関することは、最初からわかったつもりで対処すると、うまくいかないことが多いと感じています。

整体師である私は、毎日、不調に悩む人様の体に触れて調整していますが、体に関することも同様だと思います。体を機械のように考えて(現代西洋医学は基本的にそのようです)、問題箇所を修正したり削除・交換すれば、機能は改善・回復するとは限りません。わかったつもりでいても、体に関しては未知の事の方が多いと思います。

さらに心の問題も関わってくるので、自分はまだまだわかってないという前提でいないと、生身の人間の思わぬ症状と出合ったときに、成す術がないという状態になりかねません。まだまだ知らないことの方が多い。相手もわかってるとは限らないという前提でいないと、後悔、失望する可能性は高いでしょう。

残念ながら整体で認知症は治せませんが、曲がって固まった母の背骨をやさしく調整していると、母は気持ちよさそうにしてます。施術が終わった後は、スヤスヤと眠り込むこともあります。体が楽になると心がリラックスし、気持ちも穏かに落ち着いてくるのがわかります。