症状の軽重と施術効果

症状が軽い方が施術効果がカンタンに出ると思われるかも知れませんが、実際は逆の場合が多いような気がします。

痛みや動きの不自由さが大きいほど、それが解消したときのギャップが大きいので、効果もはっきりと自覚できるからです。

逆に、それほど辛くはないが、何となく気になる、違和感がある程度だと、施術が体に影響を与えていても、本人が自覚できないこともあるようです。

さらに、人は痛みは強く自覚しますが、痛みが消えると、その瞬間だけ意識がそこに向きますが、じきにもう痛みなど前から存在してなかったかのごとく感じることが多いようです。

痛みがちょっとした、一見カンタンそうに見える、短時間の施術ですっきりと消えたときの一般的な反応は、ちょっとした驚きと不思議そうな顔です。

僕は気功師でないし、生まれつき特殊な才能を持っているようなヒーラーでもありませんが、ちょっと体に手を触れて、少し動かしたり、場合によっては、手を触れているだけで痛みが完全に消えるようなときもあります。

そんなときは、「鎮痛剤でも飲んだ直後に痛みが消えることはないのに、この人は今、何をしたんだろう?」というような顔をされますが、基本原理は、母親が怪我をして痛がって泣いている子供を抱いて撫でさすってやると、痛みが消え、泣き止むことと同じ理屈だと思っています。

食料自給率を上げる献立!

日本の食糧自給率は4割に満たないそうです。

豚や牛などの家畜の餌を輸入していることを考えると、自給率はもっと低くなるという話もあります。

輸入した方が安いのなら、食料を輸入すればいいと思っている人は多いと思います。

でも、地球温暖化の影響で、世界的な気候変動がもう始まっています。

今は食料が豊富にできて、輸出している国でも、不作になって自国の食料が足りなくなったら、絶対に輸出してはくれないでしょう。

さらに、原油高騰の影響と地球温暖化防止の名目で、バイオ燃料が増産されています。
アメリカなどでは、コーンをバイオ燃料の原料として増産しているので、小麦などの食用の穀物の作付け面積が減り、価格が高騰しています。

これは遠いアメリカの話ではなく、小麦などは9割以上が輸入ですから、日本でも小麦を原料とする加工食品が値上がりしていることは、ご存知だと思います。

政治家、特に与党や民主党の政治家は、防衛力が必要だとさかんに強調していますが、自国民の食べ物を自給できてない国を攻撃し言いなりにさせるのは、カンタンなことです。

武器を使う必要はありません。日本に食料を輸出している国なら(アメリカ、中国、オーストラリア、ブラジル、タイなどなど)食料の輸出を止めればいいだけです。

あるいは、食料の大部分は船で持ってくるので、海上封鎖でもされたらひとたまりもありません。

だから、最大の防衛手段は、一機100億円以上もする戦闘機や一艘1000億円以上もする護衛艦などを沢山そろえるより、食料自給率100%を目指すことです。

食料自給率を上げる一番カンタンなメニューを紹介します。

(1)牛や豚を食べる量を減らす。
(2)鳥や魚を沢山食べる。
(3)パンやパスタ、ピザなどを減らし、ご飯を沢山食べる。
(4)野菜などの生鮮食品は安い中国産などではなく、国産のものを買う。

これだけで、数十パーセントは自給率が上がることは確実だと思います。

これらを使ったメニューのメリットは沢山あります。

(1)防衛力増強になる。
(2)肥満防止になる。
(3)国内の農業が救われ、農村部(地方)の経済が活性化する。
(4)健康になる(農薬や保存料、添加物が多い輸入食品が減るから)

防衛力を高めるためというのは、半分冗談みたいなものですが、
健康のためにもなりますので、ぜひ、実行してみてください!

ブレスチェッカーで口臭チェック

整体師という仕事がら、クライアント(患者)さんと直接体を接しています。
性的な意味では、もちろんありませんが(笑)

社会人としてのマナーでも当然ですが、体臭などを感じさせるのは、仕事上まずいので、毎朝シャワーを浴びたり、施術毎に手を洗ったり、清潔には気を使っています。

体臭は自分ではわかりづいらい面がありますが、体臭の中でも口臭の場合はもっと自分では正確に判断がつきません。食事したら歯を磨くようには心がけていますが、施術の合間に摂る昼食のときは、なかなか歯磨きを励行できていません。

半年に一度くらいは、歯石を取ってもらったり、胃腸の調子を整えておくように心がけてはいますが、直接自分では判定しにくい口臭は、少し気になっていました(クライアントさんと会話するときだけでなく、頭部を施術するときには、顔と顔がかなり近づきますから)。

今、食料は生協の宅配を使っていますが、日用品のカタログもあります。その中に「ブレスチェッカー」という商品名の、口臭を判定する機械が載っていたのです。

臭いという微妙な物質なので、正確に判定できるか半信半疑だったのですが、ネットで検索したらカタログより安く(3000円くらい)出ていたので、試してに買ってみました。メーカーはヘルスメーターで有名なタニタという会社です。ちなみに以前板橋に住んでたときは、タニタ本社がすぐ目と鼻の先にありましたので、なんとなく親近感がある会社です。

食前食後、歯磨きする前と後など、口臭の程度が違うであろう状態で何度か計ってみました。6段階あって、0(ゼロ)は口臭がしない状態で、5ははっきり口臭がする状態です。

納豆を食べた直後は、5でした(苦笑)その後、歯を磨いたら1程度になりました。納豆ほど臭いがはっきりしない食事のときは、3から4くらい。
食事内容に関わらず、歯磨きとその後のうがいを徹底すると、ほぼ0になりました。この結果から見ると、口臭判定器は、ある程度は正確に判定できているようです。

口臭の有無は必ずしも清潔度やエチケットの問題だけでなく、口内や消化器官に異変があったりすると口臭がするなど、体調面でのチェックポイントにもなります。気になるようでしたらチェックしてみたらいいと思います(家族と同居の人は、家族同士でやってもいいと思いますし、一人暮らしや家族同士でも抵抗がある人は、口臭判定器をお勧めします)。

NHK朝ドラ「つばさ」

今、NHKで放送している朝のテレビ小説「つばさ」は、川越が舞台で、僕の整体院から歩いて10分ほどのところで撮影していました。

クライアント(患者)さんの一人にちょうどドラマの舞台になっている町内で、主人公のつばさと同じ和菓子屋の娘さんがいます。

彼女もエキストラで出演したとかで、ドラマの終わりに紹介される川越の人の写真に彼女も写っていたと、嬉しそうに話てました。

室内のシーンが多く、撮影は基本的にはNHKのスタジオのセットで行なわれているようですが、たまに写る川越市内や町並みのシーンは、現地ロケだそうです。

3年前、僕は整体師になって開業場所を探していました。川越市に住んでわずか2年ですが、歴史と町に奥行きが感じられ、東京より落ち着いていて暮らしやすく、とても気に入っています。

ドラマがはじまってから最初の日曜日に、蔵の町のメインストリートを通りましたが、暖かくなったせいもあり、いつもより人出が多かったようです。ドラマのおかげで川越の町がいっそう好きになりました。

テレビ報道、ドラマなどでも、東京を中心に大阪などの大都市が取り上げられることがとても多いせいか、我々は自分の周囲しか知らず、同じ国の中でも知らないことがとても多いと思います。

もっと地方のいろんな人々の暮らしをとりあげたら、この国のこと、この国の人々のことが、もっとわかるようになり、いろんなことが見えてくるような気がしています。

優しく気持ちいいが「指圧」のコツ

指圧は優しく押すのがコツ
[ 健康になるために ]
筋肉を刺激すると、血管の周りの神経からCGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)という物質が分泌されます。これはコリの特効薬ともいえるものです。CGRPは、体に備わっている神経伝達物質で、強い刺激を受けるほど多く分泌され、血管を広げて血流を増やす働きをします。

血流が良くなると、筋肉のコリの周辺に溜まっていた疲労物質や痛み物質が押し流され、コリが解消していきます。

皮膚を軽く引っかくと赤くなりますが、ひっかく刺激によって血流が良くなるためです。この刺激は皮膚表面だけでなく、下にある筋肉にも作用します。

局所的に強い刺激を与えると、上記のメカニズムで血流は良くなりますが、強すぎる刺激は筋肉を傷めます。

筋肉を刺激すると、CGRPに加えて脳内快楽物質(エンドルフィン=脳内モルヒネなど)も分泌されます。筋肉への刺激によって脳内快楽物質が放出されて快感を感じ、ストレスも軽くなって自律神経もバランスが整ってきます。

CGRPも脳内快楽物質も、強い刺激を受けると多く分泌されます。そのため、強いマッサージや指圧に慣れた人は、より強い刺激を求めるようになります。

しかし、その結果、筋肉の状態を良くするどころか、傷つけてしまったり、強すぎる圧力への防衛反応で、筋肉がカチカチになってしまいます。

よほど加減を知らないと、もんだり叩いたりするのは、刺激が強くなりがちです。(素人が)筋肉を傷めずに血行を良くしてコリを解消するには「指圧」の方が適しています。

「指圧」の圧力は、気持ちいいと感じるくらいの優しい押し方で十分です。痛気持ちいいでは、強すぎます。

押す際のポイントは、指の角度です。皮膚表面に対して斜めに押すと、力が分散されます。皮膚に対して垂直に押すのが正しいやり方です。

押すときは、ただ機械的に押すのではなく、筋肉のコリの部分めがけて(イメージして)静かに優しく押します。

コッてると感じる部分と、実際にコッてる部分がピッタリ同じとは限りません。効果的にコリを解消するためには、部分、部分ではなく、コリのあるところを全体的に(肩なら首から肩、背中にかけての僧帽筋全体)指圧しましょう。

この方法なら、筋肉を傷める心配もなく、もみ返しもなく、安全に効果的にしかも楽にコリを解消することができるでしょう。

整体の考え方

療法にもよりますが、整体などの手技療法に即効性がないということはありません。 それどころか、痛みや重さ、ダルさなどはっきりした症状ほど、施術効果もはっきりすることが多いです。。ちょっとした腰痛や頭痛なら、薬より瞬時に痛みが取れることなど珍しくないです。ぎっくり腰など症状が劇的な場合は、休息が一番ですが、施術で症状を緩和することは可能です。

自然治癒力や骨格のことをクライアント(患者さん)が理解する必要は必ずしもないと思っています。「痛みを取ってほしいだけ」というクライアントさんは少なくないと思いますが、。自然治癒力が体を治し、痛みを取るのであって、医師や薬や整体療法そのものが体を治すということはありません。我々ができることは、体が良くなるきっかけ、手助けができるだけです。 それに、体の状態が良くなれば、自然に痛みなどの症状も消えるはずです。消えないということは、それほど効果が発揮できてないと見るべきだと思います。

鎮痛剤は、神経を麻痺させるだけなので、よほど痛い場合以外、使わない方がいいと思います(末期がんでモルヒネ投与は賛成ですが)。使う場合は、本質的治癒が遅くなると思った方がいいですね。薬を飲んでも治るのは、自然治癒力が働いているからです。 鎮痛剤を使わなくても痛みを緩和する方法は、民間療法でもあるので、安易な鎮痛剤の使用は肯定しません。

施術時間についてですが、あまりに長い施術は、むしろ体に負担になるので、短めがいいと思います。検査を含めてですが、1時間以上、体調がいまいちの人(患者さん)を横にしておくだけも、立ち上がったときにふらつき、めまいを起こす人もいるので、やはり長時間の施術はむしろマイナスだと思います。 マッサージなら時間が長いと得した気分になりますが、少なくとも私がやっている療法は、時間でいくらという慰安目的ではありませんから。

体温計の目盛りの幅は、たった7度

水銀柱の体温計の目盛りは、35度から42度までのわずか7度の間しかありません。これは、人が生存できる体温がこの間で、体温が35度以下でも42度以上でも生きられないということだと思います。

人の体調を整えること…「整体」を生業とするようになってから気づいたことのひとつに、体温が35度台の人が多いということです。人の基礎体温は36.5度前後だと思っていますが、それを1度ほども下回る人もそれほど珍しくはないということがわかりました。それだけ、現代日本人の体は冷えているということになります。

当人にとっては嫌な表現でしょうが、体温計の目盛りで考えると、35度台の体温というのは、死の一歩手前ということです。

実際、平熱が36度を切ると、免疫力、病気への抵抗力が2割以上も落ちるといいます。体の冷えは単なる症状、ありきたりの、たいして深刻に考える必要もない体の状態などと軽く考えていると危険だと思います。 直接の因果関係が検証できなくても、冷えがきっかけとなって、しだいに深刻な病気にまで至るケースはあると考えています。

私の平熱は36.3度です(ちなみに、平熱、基礎体温は、寝ている状態の体温です。起き上がって動きだすと体温は上昇します。一日のうちでも体温は1度前後は変化します)。子供の頃は36.5度はあったと記憶しているから、たいていは、大人になる過程で代謝量が落ちていき、体温も少し下がるようですね。

私の最高の体温の記録は41.5度位です。これは生存できる体温の上限一歩手前ということになります。あと0.5度上がっていたら、おそらくこの文章を書くことはなかったでしょう(笑)。

原因はマラリアです。現代の日本では罹ることがない熱帯の病気でハマダラ蚊などの蚊が媒介します。20代半ばにアフリカに滞在していたとき、アフリカ中央部のザイール(現在のコンゴ民主共和国)のジャングル地帯で発症しました。

当時、ケニアのモンバサというインド洋に面した港町からザイールの首都キンシャサまでの旅の途中でした。途中のウガンダとザイールの国境にそびえるルゥエンゾリという標高5000メートルほどの山をトレッキングした後で疲れが出たのか、体調がおかしくなりだしました。

キンシャサまで行きたい気持ちは強かったのですが、公共交通機関がなく、ヒッチハイク以外行く手段がない旅は発症前で衰えていた体には、過酷でした。体の勘で、これ以上進んだらかなりやばいことになると感じて、近代的設備の整った病院のあるケニアに引き返すことにしたので、命拾いしたのです。

なんとかケニアの首都ナイロビまでたどり着き、大使館で紹介された病院に行ったら、マラリアと診断されました。それでも市販の治療にも使えるという予防薬を飲んで安宿で寝ていたのですが(現地ではマラリアなどごく普通の病気でしたが、後になって知ったのですが、死亡率はかなり高いようです)、意識が朦朧とするほどの体温になって命の危機を感じたので、早朝にタクシーをつかまえ病院に連れて行ってもらいましたが、そのときの記憶は高熱のせいで意識が朦朧としていたためか、あいまいです。

着いた直後に車椅子に乗せられ、即点滴をつながれたまでは覚えているますが、その後3日ほどの記憶はありません。昏睡状態に近かったようで、後から医師にかなり危ない状態だったと聞かされました。全世界ではマラリアで年間100万人以上の人々が亡くなっているそうです。

そのときの唯一の記憶は、まぶしいくらい明るい世界で花が咲き乱れた広い場所にいて、しきりに懐かしい人たち、もう会えないかも知れないがとても親しかった人がいて、とても会いたいと思ったことだけです。

きっと花畑の彼方に歩いて行ったら、その人たちに会えたかも知れないが、戻っては来れなかっただろうと思います。 そのときの夢?妄想?からか、死後の世界があるような気がするようになりました。

帰国してから数年間は、夏になると高熱が出ました。一番ひどかったのは、30歳になる直前、3ヶ月かけた東南アジア縦断旅行でインドネシアのバリに滞在していたときでした。クタビーチのロスメン(現地人用の安宿)のベッドがぐっしょり汗で濡れ、黴が生えるほど大量の汗をかきました。そのとき体温計は41度をさしていました。

帰国後、やはりマラリアの原虫が体内にいると確信して、目黒の白金台にある東大医学部付属の熱帯医学研究所(当時の呼称)へ行って事情を話しました。そこの待合室には、太平洋戦争で南方に行き、マラリアになって帰還し、戦後40年以上の経つのに、毎年夏になると高熱が出るという元兵隊がいて、いろいろ話を聞かせてくれました。

元兵隊の話によると、40度もの高熱だと、たいていの病原菌は死滅するらしいです。だから、君の体は浄化されマラリアを別にすれば、とてもきれいな状態だといってくれました(これは医学的にも本当らしいです)。

5日後にナイロビの病院を退院したときは、筋力は落ちていましたが、身も心もとてもすっきりし、すがすがしく感じたことを思い出しました。病気が治って、命拾いして、うれしかったことはもちろんですが、元兵隊さんが言ったように、心身ともに高熱で浄化されたのだと思います。

子供はよく高熱を出しますが、40度以下なら、心配はいらないと思います。医学的には、風邪、インフルエンザや子供特有の病気で、高熱で脳がやられたり、死んだりすることはないそうです。しかも高熱の副産物として、体内に潜んでいる病原菌が滅菌されるから、治った後は以前より健康になってといえます。

整体師になって生理学について勉強したことと、マラリアで41.5度の体温を体験したことから言えることは、解熱剤など通常の病気では必要ないということです。熱が出ることで、抵抗力が増し、病原菌を退治できるからです。

それより、低体温を心配した方がいいです。そっちの方が命取りになることがあると思っています。

プロ意識を考えてみた!

会社で働いていたときの仕事に対する意識は、給料の分だけ働けばいい、そう思っていました。

それ以上働いたと感じたとき(非常に忙しかったり、要求されるレベルを超える成果を揚げた場合、自分の意識としてはかなりがんばったと感じたとき)は、ボーナスや昇給でそれ相応(と自分が期待する程度)のものを期待し要求できるときはしてきました。

これは多くの標準的サラリーマンの労働意識に近いと思いますが、最初に給料ありきだったことを自分で仕事をはじめてから、改めて感じています。

自分で仕事を作り営業していくということは、最初に売り上げや利益ありきではないことが、現実として理解できるようになりました。 最初に商品(製品やサービス)ありきなのが、商売というものだということが、改めてわかったのです。

売り上げ(利益)は、その商品が顧客(=社会)に受け入れられてから手にするものだと思います。

この前提でプロ意識とは何か?を考えてみました。

プロ意識とは、自分の(企業なら会社の)商品(製品やサービス)を消費者(顧客)に買っていただいたときに、顧客に自分の商品にお金を使ったことが正解だった、よかった、満足した、幸せになったと感じていただくような商品を提供するのが自分の責任だと思って仕事をする人のことだと思います。

だから、商品をとにかく売ればいい、という姿勢では、本当のプロとは言えないと思っています。
買った後で、後悔させるようでは、プロ失格だとさえ思います。

整体師としては、患者さんに僕の施術を受けて、当院に来て、よかったと思っていただけるような仕事をすること。さらに言えば、当院に来て、幸せになって帰ってもらえたら、言うことはありません。

患者さんの笑顔が、健康が、満足感が、幸福が、
私の職業上の幸福であり生きがいです。

それが、私にとって、整体師としての意識です!

バナナダイエットでバナナが無くなった!?

バナナダイエットが流行ってるらしい(一時的でしょうけど…)

テレビの影響はやはり凄いですね!
その影響で、僕もいつも買っていたバナナが買えなくなりました!

毎日ではありませんが、手軽で健康的な朝食として、バナナを食べていたのです。
バナナ、特に、皮に黒い斑点が出ているものは、免疫力を高める効果が高いそうです。
そのバナナとパック入りの野菜と果物をミックスしたジュースが、超カンタンな朝食メニューだったのです。
でも、別にバナナに拘ってるわけではないので、これからはリンゴも出回ってくるので、リンゴでもいいと思ってます。

本当に減量したいなら、ストレスを食欲に転換して発散させる回路を変えた方がいいと思いますが、その関連に気づいている人は意外に少ないようですね。

それに、余分なエネルギーを摂取すると、体はそれを分解・吸収・排泄するため余計に消耗し、それでも使い切れないエネルギーや排泄できないものは自家中毒を起こすので、古くから言われているように、腹八分目がいいようです。

一生に食べれる食事の量は決まっているという説がありますが、それが正しいとすると、過食は早死にの原因になるということです。

ローマ人は、食の楽しみを追求した果ての究極の方法として、満腹になると食べたものを吐き、また食べるということを宴会のときなどにやっていたそうです!

そこまでやれれば、良し悪しは別にして、凄いと思いますが、食料自給率がたったの40%の国に住んでる者としては、やはり腹八分目がいいように思います。

対症療法から根本療法へ

今の社会の問題解決の方法論は、対症療法だと思っています。

例えば…

飲酒運転事故が問題になれば、罰則を強化する。

いじめが問題になれば、いじめはいけないと(表面的に)言って禁止する。

税金の無駄遣いが問題になれば、無駄遣いした政治家と官僚を責めればいいと考える。

温暖化が問題になれば、二酸化炭素の排出を減らせばいいと考える。

問題が発生した原因を調査し研究し判断し、根本的な解決を目指すのではなく、
表面的に問題として現れた現象だけを抑えればいいと考えているかのように感じます。

病気の治療も同じです。

痛みがあれば、薬で抑える。

熱があれば、薬で下げる。

腫瘍があれば、手術で切り取る。

病気の根本的原因を探り、病気にならないようにすることを治療とは考えていないような感じがします。

メタボ検診なるものの案内がうちにも来ました。

病気予防というコンセプトはいいと思うし、 生活習慣、食生活などを指導する方法は悪くはないと思いますが、 方法論は対処療法的です。ウエストのサイズと血糖値、コレストロールなどごく限られた検査項目の数値を下げることが、直接的な目的のような印象です。

最初に整体というものに抱いていたイメージも、対症療法的でした。
考え方そのものが、表に現れた現象(症状)を消す、抑えることが問題解決だと無意識に刷り込まれたいたのだと思います。

対症療法はもぐら叩きと同じです。
一つ叩き潰せたとしても、じきに別のところに顔を出す。
その繰り返しです。 原因をつきとめ、それを解決しようとしないからです。

整体を対症療法的に行う方法もアリだと思いますが、私はクライアント(患者さん)には再発しなくなることを目標にしていると言っています。だから、根本的な体調が乱れても、自力で経過できるような状態まで持っていくことを、目標にしたいと思っています。

症状を再発させないためには、やはり生活習慣を変える必要があります。 それをいかに抵抗感を少なく、自発的にしてもらうかが実現のポイントになります。

それと心の問題も大きいと感じています。
腰痛だって、ストレスが原因の場合があります。
考え方の方向性、心に常に持っているイメージ、思考パターン、感情や情動の発現パターンも変えないと、症状は異なっても、いつか再発してしまうリスクを抱えたままです。

全ての人は必ず死にます。体の衰えは自然なことで、体調に波があり、不調が現れることも自然なことですが、 私の理想は、不調は自然に経過し(治まり)、やがて自力でいい体調に戻ることと、 死ぬときには、やりたいこと、やるべきことをやりつくし、全ての力と能力を使い切って、 静かに自然に死んでいくことです。

私の施術(体の調整)を通じて、一人でも多くの人に、この世での最期のときまで、健康で楽しく幸せに過ごしていただければと思っています。